企業再生Media

コラム

    アーカイブ

2017.06.21カテゴリ:
書評:外国語を話すということ – 蓮實重彦「反=日本語論」

1980年代のアメリカのことを思いだすことが多くなってきた。現在を生きることに伴うリアルな情報量が減ってきたせいかもしれないと、少し、心配になった。

しかし、現在が停滞することで、過去に忘れかけていた記憶を取り戻せるのならば、満更悪い話でもないと負け惜しみじみたことを言ってみる。

Likewise(同様に)という少々固めの単語を、上司の日本人が使うと、交渉相手のサンフランシスコの金融機関の役員は、穏やかに笑った。

Likewiseね。

その時、ボストンの超有名校出身で、当時は30代中ごろで、油が乗った国際金融マンであるぼくの上司は、少々得意そうに鼻をふんと言わすような表情をした。

同じエリート層に属する人びとの共謀的微笑。

エリート課長は、間違いなく、先方の役員の笑いを、やるじゃないか、我後輩という風にとっていた。超有名校出身じゃない疎外感を抜きにしても、ぼくには少々違和感があった。

英語を使うことが多い仕事を続けていると、この違和感が離れない。

英語でのコミュニケーションというのは、日本人である自分の思考を英語の単語に置き換えることとは違う。

日本人が本当に考えている思考をそのままに、米国人に伝えると、ほぼ伝わらない。

内田樹さんがどこかで、外国人と話すことは、彼らが理解できることを、彼らの理解しやすい言い回しで話すことになってしまうというようなことを書いていたが、それは、長く、アメリカ人たちとビジネス交渉をすることが多かった経験上、実感的に良くわかることだ。

蓮實重彦の「反=日本語論」(ちくま文庫)の 「滑稽さの彼岸に」の中に、この、ぼくの違和感が明確に描かれている。

留学時に見たフランス語でアメリカ人とロシア人とフランス人の三人の少年がそれぞれに尊敬する人について語るテレビ番組の記憶。先の二人の外国人が立派なフランス語で、尊敬する人物像を語った後に、登場したフランス人の少年が、一言Personne(誰もいません)といって肩をすくめ、番組は終わる。

大笑いした筆者がたどりつく「どの国の人間であれ、自分の外国語の力にどれほど自信があっても、外国語では意見を表明すべきでない。外国語を話すことは、あらゆる人間にとって、本質的に滑稽なことだ。」という複雑な心境。

子供を公園で散歩させている時に近づいてきて、突然英語で話しかけてくる日本人に当惑しながら、大声でそれにあわせて日本語を駆使する仲間の外国人たちも含めて、醜いと感じるフランス人の妻。パリのカフェで妙にフランスに詳しい日本人である夫の操るフランス語に当初当惑しながら、だんだんと慣れていくフランス人の友人たち。

「どう見てもフランス人とは思えない一人の男がフランス語を操り、しかもその男とカフェで快い午後を過ごしうることの不思議に、相手がゆっくりと時間をかけて馴れて行くという事態が間違いなく進行したが故に、遂には自然な対話が成立しうるのだという点を強調したいのだ。・・・真の歓待とはちょっとした長所を賛美することでも,欠陥をうやむやに見逃すことでもないだろう。まぎれもない差異としての他者の不気味さに、存在のあらゆる側面で慣れ親しむことこそが、歓待の掟であるはずだ。」

20年前のアメリカ人のエリート役員の微笑には、自己あるいは自分を含む先進的環境というものに対する「余裕」から生まれる、よく考えると軽蔑に限りなく似たものが含まれていた。ぼくの上司はその侮蔑に近い受容を軽蔑と感じる照れ、文化的屈折を持ち合わせていなかった。逆の意味で、お互いに鈍感であるということの共謀関係がそこには存在していたのかもしれない。そこに照れを感じたぼくは、当然、そういった世界で生き残れるはずもなく、その会社を去った。これもまた当然のように、ぼくの上司は、着実に、爽やかに成功をおさめていった。本来の歓待などという気弱なことを言っているようで偉くなれないのだろう。

いまだに、外国人と英語で仕事をする時には、本当に議論ができているのか、交渉ができているのかがわからなくなる時がある。結局、自分が絶対に引けないところまで、論理的に押し込まれてくることが多いのが現実だ。謙譲の美徳を是とする性格だから、そういった交渉には基本不向きなんだろうと思う。ただこの違和感や不気味さにつねにさらされるというのは、なかなか哲学的体験でもあるのだけれど。

 

【書評:By 紙魚】