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書評:星野道夫という物語

すべての技術的発展には、歴史の狡知とでもいうべき、見えざる手の介入が働いているような気がする。結局、人類は自らが必要とするものを暗黙のうちに準備している。

インターネットも人類にとってのある課題を担って誕生した。情報資本主義の発展の中で、中間体は続々と壊滅していく。

 

しかし人間というものは、個として生きられるほど強固ではない。ただ組織というものの持つ愚かしさや、酷薄さが、情報の透明性の中で明らかになった今、既存の括りかたでは、もはや人は満足できない。

アラスカの小さな町の航空写真を見た千葉の高校生が、その写真に吸い寄せられるように、その町を訪れ、その後アラスカ大学へ行き、アラスカに住む人々と繋がっていき、写真家として、自らの住む大地のすべてを記録しつづけた。

 

そして天は、彼を44歳の時に突然、回収してしまう。これが星野道夫という物語だ。

池澤夏樹 「旅をした人;星野道夫の生と死」(スイッチパブリシング)

 

これは奇妙な本だ。池澤夏樹という作家が、自らが追慕してやまない星野道夫という友人のことを、繰り返し、繰り返し、語った言葉を集めたものだ。

その意味ではこの400ページ近い書物すべてが、弔辞だとも言える。弔辞の内容は、惜しまれている人間の人生の質を反映して、あたたかく、ユーモアに満ちている。

 

泣くだけでは前へ出る力が生じない。

彼を失った友人たちは、その喪失感を嘆きはするが、その人生が幸福であったことに一切疑いをもたない。

関わった者の残り人生のかなりの部分が、その人間の記憶を語ることによって費やされる、何と言う生き方だろう。

まさに星野道夫は、神話となったのだ。

 

星野は生きるリズムを共有する多くの友人を持っていた。

その中には、アラスカという土地の時間と空間の貴重な証人である老人が多かった。老人とともに時代の記憶が失われることへの焦燥感が彼を突き動かしていたと言う。

顔を見て、話をして、共に食べ、同じ時間を過ごした者を友だちとして認める。そのネットワークによって作られた世界観で生きる。会った者、顔を見て話をしたものをまず信じる。

アラスカは具体的な土地である。抽象的思考を背後に置いて、実際に出かけてゆき、人に会い、話を聞き、雪の中を歩かなければ理解できない。

アラスカという自分のサイズで見ることのできる社会に降り立った星野は、全身でその自然と人々を感じ、訪ね、聞くことで、友と繋がっていった。

 

そして動物写真家ではなく、アラスカ写真家として自分の人生を作った。彼が去った後も、あたかも焚き火を囲んで、老人たちから子供たちに昔語りされる神話上の猟師のようになることで、人と人の繋がりを求める人たちの導きの星となった。

彼の写真と文章はいわば目印としての北極星である。いくら歩いても北極星に行きつくことはできないけれども、しかし星を目印に北へ歩くということはできる。大事なのは距離ではなく方位なのだ。

 

インターネットは、人工的な衣裳の下に極めて人間臭い性格を秘めている。この技術は人間と人間が新しく繋がっていくために歴史が与えた道具なのだろう。

インターネットの使命は、結局、新しいコミュニティの組み直しなのだ。

そしてそこで最も大切なのは、自分はどんな生き方をしたいのか、そしてどんな人たちと繋がっていきたいのかだ。

 

答えを模索している時、写真の中で星野道夫は、「永遠の友人」として微笑んでいる。

 

【書評:By 紙魚】