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書評:潔さについて;高峰秀子「人情話 松太郎」

高峰秀子という女優がいた。亡くなって7年になる。

天才子役でデビューし、日本映画の黄金時代を代表する映画女優として名を残した。

映画監督の松山善三の妻である彼女は現役を早々に引退した。

「小学校しか出ていない」たたきあげの女優は達意の文章をくりだすことでも有名だった。晩年は、むしろ、日本エッセイストクラブ賞を受賞した「わたしの渡世日記」(文春文庫)などを代表する優れたエッセイを書き続けた。

 

そんな彼女が、第1回直木賞受賞作家の川口松太郎にインタビューをしたのが、「人情話 松太郎」(文春文庫)だ。

新橋演舞場の楽屋ではじめて川口松太郎と出会うところから、このエッセイは始まる。

 

『「あっ、川口松太郎先生だ!」
私は思わず部屋の隅っこにはじき飛んでかしこまった。
それにしても、少しカン高い歯切れのいい口跡は胸のすくほど明快で、言葉の裏には俳優への信頼といたわりがちゃんと用意されている・・・こういうのを一目惚れとでもいうのだろうか。私はただ口あんぐりと、夢心地でその張りのある声に聞き惚れていた。』

 

「相当なすれっからし」の人間観察眼を持つ、女優はひとめで、「自分に真っ正直で気っ風がよく、そのくせホロホロと涙もろいという」江戸っ子作家にほれこみ、「ああ、この世にあの人が存在しているのだ」と思うだけで、心のよりどころとなる人と心に決めた。

昭和30年に、女優がこの人と決めた演出助手松山善三との結婚を決めるときにも、達人松太郎の人を見る眼にかけた。

 

『驚いたねぇ、おまえ、あの男はまるでおまえの亭主になるために生まれてきたみたいな奴じゃねえか、どこもかしこもさ、世の中うまくしたもんだ、と思ったよ。あんなのはおまえ、めったにいるもんじゃない。俺は賛成だ。』

 

川口松太郎。四軒も家があった。男の甲斐性というか、「優しいのか意気地がないのか」(高峰)わからない人生だった。そんな達人がふともらすこんな言葉が、夫婦というものの本質をつく。最愛の三益愛子夫人をなくしたあとの会話だ。

 

子供時代から、苦労して育ってきた二人の心が、うてばひびくような対話になっていく。

純文学・大衆文学という、十年一日のごとき論争に、「人情作家」川口松太郎の言。

 

『俺はさ、読みものなんてのは、やっぱり、読んだ人が幾分か、なんかの意味で感銘を受けるなり、楽しむなり、なんかしなくちゃ意味ないよと思うよ。だからどうしても、これ面白いかな、面白くないかな、ということを先に考えるね。自分勝手なものを書かないで幾分か読む人を楽しませよう、って気が頭から離れないんだ。

人間の、つまり一番誰しも共通に持っている感情ってのは、愛情でしょう?そこから離れてしまうとどうもねぇ。離れていいものもなきにしもあらずだけど、人間の情、情痴というものから離れると、やっぱり作品が冷たくなるわね。さりとてさ、うっかり情に溺れると、安っぽくなる。そこのところが難しい。』

 

小説家の作品は残るが、俳優の芸は死ねば消えると、かき口説く花柳章太郎への言葉。

 

『残ってそれがどうだというんだ。後世に知己を求めるなんて言葉があるけれど、くだらないよ。『源氏物語』は千年以上の生命を持ちつづけているが紫式部はそれで満足しているか、何処に墓があるのか判りもしないのに。死と共に消えるのが何よりだ。恥を後世に残したくない代わりに生きている間は栄えていたい。清貧に甘んじて芸術に一生を捧げるなんて真平だ。』

 

大衆作家としてのプライドと潔さが満ち溢れている。

達意のインタビューはこのあと、二人が敬愛する梅原龍三郎画伯の思い出やら、親馬鹿の悔恨だとか、人生のあらゆる機微を照らして果てしない。後半は、最愛の妻、愛子の思い出とつながっていく。

200頁ほどの小さな本の中に、川口、高峰という二つの人生が、愛情深く、丁々発止のコラボレーション。行間に多くのものがつまっている書物である。潔い名女優が達意の文章で切り取った、川口の潔い口跡を楽しむだけでも是非是非お勧めの一品。

 

まさに高峰秀子恐るべし。

 

 

【書評:by 紙魚】