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書評:島崎今日子『安井かずみがいた時代』

安井かずみが、彼女の早逝(享年55歳)をみとった年下の夫、加藤和彦と一緒に通った高級スーパーがある。

月に何度か、仲良く買い物をしていたと、何人もの人が、懐かしそうに話すのを聴いた。

彼女がそのスーパーに通ったのも、今は、遠い昔で、二人とももうこの世にはいない。

 

「理想の」カップルがこの世を去った後、電子的破壊が、彼らが生きた音楽業界というものを根扱ぎにしている。カセット、CDが消え、ウォークマンが消え、SONYがそのブランドの危機にさらされ、ストリーミング収入がダウンロード収入を超えた。

それも一瞬のうちにだ。既存の音楽業界は一気にその基盤を失った。安定しているものは一つもなく、唯一、視聴者が音楽のために支払うお金の量だけが毎年下がり続けるということだけが継続した。

当然、人気作詞家というカテゴリーも、安井かずみと一緒に消滅してしまった。

 

島崎今日子の「安井かずみがいた時代」という本を読んでいると、安井かずみが、プレスリーのGIブルースの訳詞でデビューし、「恋のしずく(伊東ゆかり)」、「私の城下町(小柳ルミ子)」「危険なふたり(沢田研二)」、「片思い(中尾ミエ)」、「赤い風船(浅田美代子)」、「草原の輝き(アグネス・チャン)」「古い日記(和田アキ子)」、「よろしく哀愁(郷ひろみ)」、「不思議なピーチパイ(竹内まりや)」など、歌謡ポップというジャンルで大ヒット曲を連発していた時代が、もう一時代も、二時代も前のことだということを痛感する。

 

デジタル革命が本当に葬ったのは、多数の人が同じ曲を聴き、口ずさみ、同じ時代の記憶を共有するという社会的体験なのだ。

加藤和彦が最愛の妻を失ったときの言葉を借りるならば、「悲しくはないが、寂しい」。

 

婦人画報に連載された、安井かずみと同じ時代を過ごした人々へのインタビューで構成されたこの評伝のような作品は、60年代から70年代、高度成長期の華やかな時代を思い出させてくれる。しかし、友人、同僚、近親者の会話の中からあぶりだされてくるのは安井かずみと加藤和彦というそれぞれ才能に恵まれながら、心の弱い二人が共依存し、「理想の夫婦」を演じながら、滅びていくという痛さだ。

林真理子、平尾昌晃、伊東ゆかり、コシノジュンコ、村井邦彦、イナバヨシエ、かまやつひろし、加瀬邦彦、金子国義、大宅映子、加藤タキ、玉村豊男、吉田拓郎、渡邊美佐など多数の記憶の中で語られる二人は、輝いていて、愚かで、脆くて、繊細である。

加藤和彦は、安井かずみからの求愛を受け入れ、結婚をすることで、それまでの関係性を断ち、二人だけの生活にのめりこんでいく。

自他ともに認める理想の夫婦として、妻の余命を知った加藤がすべて仕事をキャンセルして妻の看護に没頭する姿は、当時、美談として語られる。

 

その後加藤が49日も経ぬ前に、オペラ歌手と再婚すると世間の見方は一変する。

しかし生前の二人に近い人々の言葉は、厳しくもあり、優しくもある。

加藤の弱さ、苦悩、安井かずみへの愛、そして別離に、嘘はないと。

オペラ歌手との再婚も長くは続かず、恋多き人生は送りながら、結局、その後、軽井沢で自ら死を選ぶことになる。

 

二人の人生を描きながら、島崎は懐かしい音楽業界の黄金時代の葬送曲を奏でている。

安井かずみが生み出した数多くの曲の中で、この本のBGMを選ぶとすれば何だろう。

読み終わった後の気分は、やっぱり。「よろしく哀愁」。

 

【書評:By 紙魚】