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書評:かつて母は彼をビリーと呼んだ(ビリー・ストレイホーン)

ビリー・ストレイホーンという52歳で死んだジャズミュージシャンがいる。デューク・エリントンに影のように寄り添いながら、Take the A Trainなどの名曲を作曲し、編曲にも天賦の才能を発揮した。エリントンは、彼を家族同様に扱い、自分の庇護のもとで自由な活動をさせた。ビリー・ストレイホーンは、結局、デューク・エリントンという巨大な太陽の影に隠れた一生を送ることになった。自分としての思いというものが皆無であったわけではないだろう。実際、一度は、エリントンのもとを離れてもいる。ただし、おおむね、彼は、巨人の影としての人生に満足していたという。

彼には、固有の事情があった。黒人であり、ゲイであるということ。しかも、当時は、自分のセクシュアリティを公にすることがあたりまえじゃなかった時代である。ゲイであるということを、カミングアウトして恥ずることのない青年にとって、エリントンのカリスマは、その自由を維持するための不可欠の装置だったのだ

 

96年に、その人生をたどったLush Lifeという評伝が発表された。(著者 David Hajdu)

 

Joel RobertsというAll About Jazzへの寄稿者が、この本についてのレビューをしている。

この評伝の作者は、エリントンの成功を支えていながら、正当な評価を受けてこなかったストレイホーンの名誉回復をはかりたいという思いを少々強くもちすぎていたきらいもあるらしい。この本がセンセーションをまきおこす中で、エリントン批判のような風潮も生まれたという。

 

寺井珠重さんのInterludeというウェブサイトに2008年5月16日付で、ビリー・ストレイホーン生涯一書生というコラムが掲載されているが、そのあたりのことが詳しく書かれている。

ビリー・ストレイホーンと言うと、僕は、仙台のカウントというジャズ喫茶で、デューク・エリントンのLotus Blossom(蓮の花)を聴いた時の心臓のふるえを思い出す。まわりのざわざわとした話声の中で、デューク・エリントンがたんたんと弾き始め、その後、大きな感情の波が押し寄せるような演奏。一瞬にして心を奪われるほどの美しさだった。

 

油井正一さんがライナーノーツで、このライブ録音が生まれた経緯を書いていた。

ストレイホーンが52歳の若さで夭逝した後の話だ。ジャズセッションが終わって、メンバーが雑談をしたり後片付けをしたりしている中で、デューク・エリントンがピアノの前から動かない。何かが起こりそうと直感したスタッフがテープを回し続けた。すると、エリントンが、Lotus Blossomを静かに弾き始める。実際、録音を聴いていると最初の頃は、周囲の話声がかなり入っている。しかし徐々に、その演奏が感情のひろがりをみせるなかで、周囲の声が静まっていく。その息遣いが伝わるような見事な録音だ。

ビリーはこの曲を弾くといつも喜んだのだと、エリントンは言う。この演奏には、彼のストレイホーンへの溢れる愛情と、彼の死を悼む痛切さに満ちている。

ビリー・ストレイホーンに捧ぐという邦題がつけられたこのアルバムの原題は、
And his mother called Billだ。

 

iTuneで、早速、このLotus Blossomと、ビリー・ストレイホーンのLush Lifeを手に入れて、繰り返し聴いている。何十年も前の、カウントというジャズ喫茶の匂いや、暗い部屋の風景が蘇ってくる。Lush Lifeというほど、豪勢でも、酒浸りでもなかったが、まさしく、触ればどこからでも血が出るような青春の日々だった。

グーグルで検索し、iTuneを使えば、その時代に付随する記憶はそれなりに回収することはできる。しかし、絶対に取り戻せないものもある。

 

戯れに、当時憧れていた人の名前を、入力してみた。残念ながら、(あるいは幸運にも)コンピュータスクリーンに、その名前があらわれることはなかった。

人生には絶対取り戻せないものがある。そして、取り戻せる気になってはいけないものがあるはずだ。

 

【書評:By 紙魚】