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書評:幼年期の終わり

 

ぼくがSFや漫画を読むようになったのは、大学の頃の友人のお陰だ。SFを読もうと思っていると言うとすぐに世界のベストSFリストを作成してくれた。

ぼくは、その一番から読み始めた。アーサー・C・クラークの「幼年期の終わり(創元推理文庫)」。工学部に在籍するシャイな東北人の彼は、世界最高のものから読み始めることは本当に幸福かどうかわからないけどね、と微笑んだ。あれからびっくりするぐらいの時間が経ってしまった。

 

モザイク」を読み終わった時、田口ランディは幼年期の終わりをミクロに再現しているのだと感じたのを覚えている。

 

幼年期の終わりは、人類が、宇宙的意志の手を借りて、類として新しい段階へと旅立っていく話である。さまざまな曲折と年月を経て、人類がそのゆりかごである地球から光の柱となって旅立っていく部分では、身体中がしびれるような感動があった。

引きこもりや、精神的に問題のある顧客を精神病院へと運び届ける移送請負人である佐藤ミミがこの小説モザイクの主人公だ。ミミは早くに両親に先立たれ、武道家である祖父に育てられ自衛隊を経験し今の商売に入った。そのミミが、引きこもりの14歳の少年正也を移送することになる。特異な感受性を持ち、世界から流入してくる大量な情報に苦しむ正也は、まるでアースのような役割を果たすミミに心を開く。しかし「渋谷の底が抜ける」という言葉を残して彼は忽然と姿を消す。ミミは渋谷の街をいきずりの社会学者の男と探し回る。その過程で登場する、携帯電話のメールを通じてメッセージを送りつづける救世主救済委員会。インディゴチルドレン。その中心となるメッセージを通じて明らかになるミミの生い立ち・・・。正也がミミへ必死に伝えようとする自分のみたもの。

『高度に発達したネットワークは身体化する。共鳴的な人々は身体化したネットワークを通して、シンクロし始める。世界レベルの共鳴現象が起こり、彼らは世界を浄化する。』

 

これも随分前になってしまったが、田口ランディの影響で、ボイスヒーリングの集まりに行ったことがある。倍音を作り出す不思議なコンサートだった。コンサートの前に、大学の先生が、世の中で起こり始めているさまざまな不思議なことについての研究のことを説明した。彼は新しい能力を持ち始めた子供たちが世界中で現れ始めていると言った。その真面目な関西の大学の工学部の先生は、ゆっくりと、人類が進化の新しい局面を迎えているのかもしれませんね、と言った。

『それにしても、なんて豊かなのだろう。この街は決して人を餓えさせることはない。猫も、カラスも、ネズミも、人間も、この街に寄生する生き物は餓えることはない。この街は自然が与える恵みと同じように、生き物を人工的な方法で育んでいる。この街で育てばもう人間は自然になど戻る必要はないんだ。林立するアンテナは繁茂してジャングルのようだ。器械と生き物は融合し、グロテスクだが生命力に溢れている。もしかしたら未来に人はこの姿を美しいと思うのかもしれない。』

 

ネットワークの発達が、人間の奥底にあるモザイクに影響を及ぼし、人間のコミュニケーションのあり方まで変化させてしまう。そして続々と、新しい心のオペレーティングシステムを搭載したインディゴチルドレンが生まれるようになり、人間の類としての段階を変化させていく。デビュー当時の、田口ランディの長編小説は、常に現実を見つめていた。その三部作の前2作(コンセント、アンテナ)が、現実の側に寄り添って、読者に新しい現実の到来を伝えた。3部作の最後のこの作品で、ランディは、その現実にぶつけるための、精緻な物語を構築しようとしている。人類というものが進化していく過程を紡ぐ、希望という名前の精緻な物語だ。

 

一時、憑かれたように読み耽った田口ランディの物語からは遠ざかってしまった。しかし、15年以上も前の、当時の彼女の言葉が生み出したオーラと、それに取り込まれていた自分のことはいまだに鮮明に覚えている。

そしていまだに、人類というものが進化していくことへの、希望についてあきらめらきれずにいる。

 


【 紙 魚 】
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