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書評:~いまそこにある未来~リンダ・グラットン「ワークシフト」

リンダ・グラットンの「ワークシフトは面白い本だ。働き方改革という名称の小手先、あるいは表面的な言葉が往き来しているが、グラットン女史を顧問に招き入れたぐらいには、現政権も本質に近づこうとしているのかもしれない。しかし問題は彼らが本当にこの本を熟読したかどうかである。

 

この本の面白いのは、結論部分というよりは、未来を思考する際に用いる「ありうるかも知れない未来」を造形する描写力だ。

ワーク・シフト ─孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>

 

2025年、テクノロジー会社に勤務するジルの生活を克明に描き出している。彼女の生活は、多くの情報技術の発展によって、場所のくびきから解き放たれている。そのあたりの技術は基本的に現在の情報技術の延長にあり、そのユーザーインタフェースの徹底的追及という流れの中にある。その意味では、伊藤計劃の描き出す未来より、現実の現在寄りの世界だ。

その中で、特に、気になったのはアバターの利用という点だった。

この時点で、既にSNSあるいは仕事用のメッセージングシステム等の中で、自分のアバターが動き回ることが当たり前の仕組みとして企業社会に導入されている。

 

このあたりは、理念的にはありうべき未来に肉薄しているが、映像的には前時代的だったマイケル・クライトンのディスクロージャーの世界に感覚的には近い。

『最初はもっぱらオンラインゲーム界の現象だったが、次第に生活のあらゆる側面でアバターが用いられるようになる。2025年、バーチャル空間でジルと結びついている仕事仲間たちがいちばん見慣れているのは生身のジルではなく、ジルのアバターだ。ジルは、オンラインゲームをプレーするときは凝ったアバターを使っているが、仕事用のアバターはなるべく実際の自分に近い姿にしている。

(中略)

同僚たちが集まって働くオフィススペースがバーチャル空間に再現されていると考えればいい。朝ログインし、バーチャル空間を歩いてバーチャルオフィスに到着すると、ほかに誰が「出勤」しているかが一目でわかる。部署内の会議ではアバターとテレプレゼンス・システムを使って、自宅に居ながらにしてリアルタイムで同僚たちと話し合える。ジルはバーチャル空間で活動することに慣れている。なにしろ、バーチャル大学の卒業生なのだ。』

多くのメッセンジャーを従業員が自由に会社の内外にかかわらず仕事に用いる時代は既に到来している。

 

SF作家のウィリアム・ギブソンの有名な言葉がある。

『未来はすでに到来している。ただ  均等に与えられていないだけだ』

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)

 

現在の問題は既に、到来している未来を、組織が受け入れるか、拒絶するかの違いにまで達している。まわりには、タテマエで肯定し、ホンネで拒絶する例にことかかない。

しかし流れ込む未来を止めることは多分できない。

ただグラットン女史は、こういった技術的流れの中の必然として生じるのが、個人の孤独感であると述べる。

 

人間というのは、いくらその背景にいるのが本当の人間だとしても、そのリアルな息吹なしに生きていけるのだろうか。

家族というのは一つの解である。しかしその外側に、他人の息吹を感じることによって生きる力を得られる場所が必要になるはずだ。

騒がしいスターバックスで作業する人々、ラジオというメディアの静かな復権。それらすべてが、到来しつつある孤独な未来への人間の無意識の構えのような気がしてならない。

 


【書評:By 紙魚】

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