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書評:『行きずりの街』志水辰夫

志水辰夫のハードボイルドな物語を追うには、映画を観るだけで十分だったかも知れない。

 

スキャンダルで故郷に戻った塾講師と、彼の高校教師時代の教え子で、元妻の小西真奈美演じるバーのママ。

失踪した塾の生徒だった若い女を捜す男と、元妻の感情の行き来など、それなりに原作に忠実に描かれていたし、舞台である、麻布十番や六本木のあたりの雰囲気もうまく描かれていた。

 

でも、ストーリーがわかっていても、ぼくは、原作を読みたいと思った。

 

ぼくは、都市、というか東京を表現する文章に対するフェティシズムがあるからだ。
期待にたがわず、言葉に落とされた東京の街路は、映画とはまるで違った形で、魅力的だった。

 

この小説は、こんな風に始まる。

『中国大使館の先でタクシーを下り、地図を片手に左へ下りてく坂道を歩いて行った。正面に東京タワーが見えている。この辺り、まんざら土地勘がないわけでもなかったが、十二年前の記憶などもう役に立たないだろうと思っていた。しかし当時の古い民家がまだけっこう残っていた。煙草屋、酒屋、クリーニング屋、パン屋。日常生活なら町内の店でだいたい用が足りていたころの面影が残っているのだ。だがよくよく見ると、たしか寺があったと思われる辺りがそっくり駐車場になっていたりする。街も暗くて活気がなく、なんとなくなげやりに見える。高級マンション街がすぐ近くまで迫ってきており、いまでは街のほうがそれに声をかけてもらうのを待っている感じだった。

番地を見ながら脇道に入って行くと、煉瓦タイルを張った四階建ての真新しいマンションに突き当たった。元麻布台コーポと銘打ったブロンズ板が通る人もないところでまがまがしく光っていた。』

この界隈を歩いたときの、行き暮れたような記憶が蘇った。自分が歩いている街と、自分に全く繋がりを感じられないような気分。

ハードボイルドというのは、結局、都市の表情を描くことにつきるのかも知れないと思った。

 


【書評:By 紙魚】

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