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Re-post: 音をめぐる記憶

文京区は坂の多い街である。

伝通院から春日の方に下る善通院坂の途中に大きな椋の樹が立っている。
そのあたり一帯だけまわりとは少し違った空気が漂っている。

(六義園 『街画ガイド(フリー写真素材)より』)

 

明治の文豪幸田露伴、その娘の小説家幸田文の家がある。

幸田文のきりっとした文章が好きだ。向田邦子や、山口瞳の文章が好きなのと同じ理由のような気がする。江戸前のきりっとした文章。

(1950年(昭和25年)の幸田文 「ウィキペディア」より)

 

時々、散策がてらこの椋木の前を通ることがある。そのあたりには、なんともいえない文学的香りが漂っているような気がしてならない。

その幸田文に『台所のおと』という小説がある。


台所のおと 講談社文庫 幸田 文 (著)】

 

料理人の佐吉は三度結婚している。

最初の女房は、「同じ村の生まれで、ちゃんとした仲人のある正式な嫁」だった。万事に「のろい女」だったが、淋しい家庭に育った佐吉は、そんな妻の人のよさを愛した。時が過ぎて、人のよさは減り、きつさが増え、のろまさは変わらなかった。

特に彼を苛立たせたのが、彼女の台所の音だった。鍋や瀬戸ものに、「捨鉢な音」をたてさせるのだった。

『いつもなにかが、欠けるなら欠けても構うもんか、という強がった声をあげさせられていた。』

さらに物を食べるさままでが気色悪く感じられるようになり、その嫌悪感に促されるように、妻へのすまなさに責められながらも、別れることになった。

二番目の女房は、これとは正反対で、激しい気性の女だった。「佐吉はこわがりながらも、その鮮やかさに惹かれて」いった。

『まんは料理をおぼえようとした。器用ですぐまねができたし、いわれたことを頭でおぼえるのも早かった。ただあまり早くわかってしまうので、佐吉は心もとながった。じきおぼえ、じきできちまう者には、きっとといっていいほど、料理なんぞたいしたことない、といった高上がりな根性がみえた。(中略)

それにまんはわがままな習いかたをしたがった。下ごしらえはふんふんというだけでしない。煮えたり焼けたりする、そのあいだを待つことも嫌いだった。それでは肝心なところを見ないことになる。』

まんは、利口な男のところへ走り、佐吉が築いたものをすべて奪っていった。

今の女房のあきは、佐吉よりも20歳下で、何度かの結婚歴のある女だ。「終戦の荒涼の中で知り合い」、一緒に暮らし始めて15年が立った。家庭に恵まれなかったあきにとって、佐吉との生活は大切なものだった。荒涼として世間の中で、やっと見つけたかけがえのないつれあいだ。

その佐吉が不治の病の床にいる。二人で懸命に仕上げた小料理屋が軌道に乗りはじめた矢先のことだった。あきは、佐吉に病の難しいということは伝えていない。なんとしても、それを隠し通そうとしている。こんな文章で、この小説は始まる。

 

『佐吉は寝勝手をかえて、仰向きを横むきにしたが、首だけを少しよじって、下側になるほうの耳を枕からよけるようにした。台所のもの音をきいていたいのだった。

台所で、いま何が、どういう順序で支度されているか、佐吉はその音を追っていたい。

(中略)

あきはもともとから静かな台所をする女だが、この頃はことに静かで、ほんとに小さい音しかたてない。いまも手伝いの初子を使いに出した様子だから、あき一人である。女房のたてる静かな音を追っていると、佐吉は自分が台所へ出て仕事をしているような気持ちになる。すると慰められるのだった。

佐吉も寝込むつい1ヶ月前までは、自分が差配していた手慣れた台所仕事なので、あきのたてる音をきいているだけで、何が起こっているかが手に取るようにわかる。まるで自分が包丁をとり、さい箸を持っているのと同じなのだ。』

あきの、佐吉に気取られまいという心が、微妙に台所のおとに影響する。それを敏感に気づく佐吉。台所のかすかな音をめぐって、繊細な心理ドラマが展開する。

『「いえね、台所の音だよ。音がおかしいと思ってた。」

あきはまたひやりとする。

「台所の音がどうかしたの?」

「うむおまえはもとから荒い音をたてないたちだったけど、ここへ来てまたぐっと小音(こね)になった。小音でもいいんだけど、それが冴えない。いやな音なんだ。水でも包丁でも、なにかこう気病みでもしているような、遠慮っぽい音をさせているんだ。気になってたねぇ。あれじゃ、味も立っちゃいまい、と思ってた。」

(中略)

「だからなんだよ、おかしいと思うのは、代理なら包丁の音は立つわけなんだ。誰でも、うでの上の人の代理をつとめるときには、不断より冴えるんだ。見劣りしたくないと思うからね。」』

最初の頃はずっといい音をさせていたと佐吉は言う。近頃はひどい「小音」で、「勘ぐって思えば、まるで姑にでもかくれて、嫁がこそこそ忍んでいるような音にきこえるときがある。」あきの佐吉への思いやりが、台所のおとに映っているのだ。

手伝いの初子と出入りのさかなやの秀雄という、次の世代への思いを固めるなかで、あきは、ふっきれた音で料理する。

『あきはくわいの椀だねをこしらえていた。すり卸したくわいを、箸でほそながくまとめて、から揚げにする。はなやかな狐いろになる。佐吉の好きな椀だねのひとつだった。くわいはあまり油をはねず、さわさわとおとなしく火がとおる。』

佐吉が、油の音を雨と間違える。雨を待ちわびる佐吉。

そしてこの短編のしめくくりの部分がとりわけ美しい。

『その夜、ほんとうに雨が来た。しおしおと春雨だった。佐吉は、床の中にもぐっていても、皮膚に脂気が出て、皺がのびたようだといった。お濠の柳は青くなったか。花屋にから松の芽吹きが出ているだろうか。あれはどこだったけね、なんでも武蔵野だった、りっぱな欅の並木があるから、見に行っておいで。その芽立ちがそりゃ見事だ、ああ、いい雨だ、さわやかな音だね。油もいい音をさせてた。あれは、あき、おまえの音だ。女はそれぞれ音をもってるけど、いいか、角だつな。さわやかでおとなしいのがおまえの音だ。その音であきの台所は、先ず出来たというもんだ。お、そうだ。五月には忘れず幟をたてな、秀がいるからな、秀が。ああ、いい雨だ—とえらく沢山しゃべった。』

音が主役の物語である。音に導かれて、読者は、料理人夫婦の人生や情愛の機微をくまなくたどることになる。ひとつの名人芸だ。良いはなしを聴いたという気がした。

 

小説を読み終わってふっと随分前に亡くなった自分の母親のことを思い出した。

母はいけばなやお茶の教師を長い間やっていた。茶の間から、稽古場から聞こえる、花ばさみの音、花器がふれあう音や、棗の蓋をあける小さな音、袱紗のすれあう音、茶釜の蓋をとる音、しゅうしゅうという湯のわく音。そんなひっそりとした音の記憶が残っている。

亡くなる直前に入先の病院の看護婦が、ぼくに、こんなことを聴いた。

おかあさんはなにかを教えてられたんですか。

 

他の誰にも見えない空間に向かって、母は、寝たきりになり、言葉も失いながらも、花やお茶を教え続けていたのだ。唐突だが、花を切る時の花ハサミの音、釜の中でふつふつと音を立てる湯の音、静かに弟子に教える母親の声が聴きたいとひどく思った。

 


【 紙 魚 】
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