カテゴリ:書評 & 映画評
映画評:おと・な・り
麻生久美子は好きな女優だ。話す内容と、年齢の割には幼く聞こえる語り口のズレが醸し出す独特の魅力がある。
麻生久美子の出た映画の中で一番好きなのは、「おと・な・り」だ。
改築で何年か閉鎖される前の恵比寿のガーデンシネマで観た記憶があるから随分前の話になる。
新しくなったこの映画館には行ったことがないが、昔のガーデンシネマも小ぶりで居心地のよい場所だった。その佇まいにとても似合った静かな佳品だった。麻生久美子魅力が画面いっぱいにみちあふれていた。
この女優、さほど深く意識したことはなかったが、日本映画ファンのぼくのスクリーン的記憶の中の片隅にいつも存在していた。数年前の情熱大陸で、新しい世代の日本の映画監督が、なぜこの女優を好んで使うのかということを取り上げていたのを記憶している。
黒沢清などの映画の中に彼女の記憶がちりばめられている。でも、そんなに、観客の目をとらえて離さないという役だったわけでもない。
そもそも、そういうタイプの女優でもないような気がする。
麻生は、フラワーデザイナーを目指して、花屋で働くちょっと孤独感の漂う30代。試験が終わったら、フランスへ留学することになっている。数年前に、一斉に取り壊されてしまった同潤会のようなレトロなアパートに住んでいる。壁は薄い。だから隣人の発する物音が筒抜けだ。
隣に住むのは、トップモデルを友人に持ち、彼の写真を撮ることで、有名になってきたカメラマン岡田准一。でも、自分が本当に撮りたいのは自然写真。今のキャリアを捨ててカナダの自然を撮りに行こうと考えている。
岡田が珈琲豆をひく音や、麻生がフランス語のテープに合わせて、フランス語会話の練習をする声にそれぞれが、聞きいる夜。見知らぬ隣人が、なぜか気になってしまう。
そして、麻生久美子が鼻歌で歌う、「風をあつめて」。
岡田が、アパートに突然、飛び込んできた、モデルの親友の恋人に、「中学の時、コーラスで歌わされたんだ」とぽつんと呟く。
そんな、淡い色の、静かなラブストーリーだ。
少女のようなとき、30代そのものの憂鬱さなど、麻生は自分の素の部分と、演技の広がりを綯い交ぜにしながら、輝いていた。とてもきれいな子だが、そういえば、どこかにいそうな感じがする。不思議な空気が漂った。
しかし、「風をあつめて」は、学校の音楽の授業で使われるような歌なんだ、もう今は、と思わずしみじみしてしまったと当時の日記に書いている。
【 紙 魚 】
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